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2010/06「そろそろ慣れて……?」

2010年6月「そろそろ慣れて……?」

 

「は−い、教科書40ページを開いてー」

 

教壇に立つ教師が、教室中に聞こえるように、少し大きめの声をあげた。

教室の前の黒板に向かって半身をずらし、教科書を片手に、いつものように教師が授業を始める。

 

中学校に入学して早二ヶ月。

初めての体験の数々に、多少戸惑いはあったものの、学校生活にも慣れ、勉強にもそこそこ。

ルミアはすっかり中学生として打ち解けていた。

 

(今日の給食は何かな〜♪)

 

入学してからは大した勉強もせずに授業について行っていた彼女は、授業もそこそこに聞き流しつつ、コレが終わった後の給食へと思いをはせた。

少し前の彼女だったら、食事のことを思い浮かべるだけで、乾燥ワカメを取り出し、口にほおばっているところである。

 

「はい、九水さん。ここの問題解いてみて」

 

うっかり、顔がにやけていたのであろう、それを楽しそうに授業を受けていると勘違いした教師から、ルミアにラブコール。

「はい」と応えて、指定された問題を見る。

 

授業は数学。

他の教科と違って、問題は教科書に載っているし、多少授業を聞いていなくても平気。のはずだったが……。

 

「???」

 

久々に頭の中が真っ白になるルミア。

指定された問題のあるページには、海流にもまれた海草のように理解しがたい記号のオンパレード。

いままではそれなりに理解出来てきたつもりだったが、今回はまったく理解不能。

白旗を上げるしかなかった。

 

 

* * *

 

 

ルミアは人間ではない。その彼女を育てたマリエスタもまた、人間ではない。

人と魔の狭間、半魔と呼ばれる存在である。

人に憧れ、人になるために大きな罪を犯そうとした、魔と呼ばれる存在だったルミアを、当時、魔を退けるための組織に所属していたマリエスタが倒し、自分の娘として引き取ったことから、親子としての2人が始まった。

 

今でこそ誰もが認める仲の良い母子だが、2人の半生は決して平坦ではなかった。

数々の試練と、世界の運命に翻弄されながらも、その1つ1つ乗り越え、その度に本当の母子になっていったのだ。

 

人間に強い憧れを抱きながらも、それを1つとして理解出来ていなかったルミアに、1つ1つ丁寧に教えるマリエスタ。

時には傷つけあったし、時には泣き合った事もある。その度に互いを受け入れ、互いに成長してきた。

 

そんな2人を見ていた周囲の者達は誰も、彼女たちが紛れもない母子だと認めるようになり、その成果として、ルミアは人間の子供と同じ様に学校に行くことを許された。

 

そして4月。

ルミアは迦具土学園の理事長、櫟澤千鶴の計らいにより、小学校には通わず、中学校から学校に通う事となった。

ルミアをマリエスタとの出会いの頃から知る千鶴は、2人を知る人たちを集め、盛大に入学の祝杯を挙げる。

1人としてクラスに知り合いの居ないルミアだったが、持ち前の無邪気さと人なつっこさ、そして学園のシスターをしていた母、マリエスタの評判もあって、難なく友達を作ることができた。

 

友達が出来てしまえば、後は意外とスムーズに進むもので、全く体験したことの無かった学校生活も問題を起こすことなく生活に溶け込むことが出来た。

 

 

5月に入り、学生として初めて迎えた、月初めのゴールデンウィーク。

ほんの何年か前まで、裸で鯉登りにのったり、近くの不良グループから武者兜を奪い取ったりとやんちゃしていたルミアだが、今年は初めて友人と遊んで過ごした。

アニメ、特撮好きの、千鶴の姪、櫟澤凪と東京某所の即売会に参加したり、学校で出来た初めての友達に誘われ、ゲームセンターや遊園地にも行った。

まるで幼稚園に入りたての子供のような純粋さを持った彼女は、結構な人気者で、連休中、出かけなかった友人達から引っ張りだこだった。

家から外に出ず、母や知り合いとだけ過ごしてきた今までとは、全く別のゴールデンウィークを過ごした。

 

そんな初体験の連続だった連休もあって、彼女は「学校に通っている意味」の1つを軽視した。

 

五月も中頃になると、友人と遊ぶ事に夢中で、学校での勉強はおろそかになっていった。

この頃は未だ、勉強らしい勉強をせずとも、授業の内容について行けていたのだ。

 

……しかし6月。

学校生活に慣れ、気がゆるんだ来た頃、事件は起きたのだった。

 

 

* * *

 

キーンコーンカーンコーン。

キーンコーンカーンコーン。

 

鐘の音を模倣した終業をつげる放送が流れる。

いつもならば、友人達に誘われるまま、遊びに出かけるルミアだったが、今日ばかりは誘いを断り、帰途についた。

 

「ある程度」理解していたつもりだったが、その「ある程度」外の事が、意外に重要だったことを思い知らされた。

このままではいけない! と、ルミアは、入学前にマリエスタや凪に勉強を教えて貰っていた頃を思い出していた。

 

凪に教わった時は、勉強会と称し集まると、開始30分と立たないうちに部屋にあるテレビからアニメが流れ、ルミアも一緒になって、DVD鑑賞会となってしまっていた。

 

マリエスタに教わろうとした時、実は彼女も学歴がないことが発覚し、結局教えて貰うことが出来なかった。

幼い頃から退魔の組織に居た彼女には必要最低限以上の教育が施されていなかったのだ。

 

千鶴に至っては、彼女自身が非常に多忙である事もあるが、それ以上に、彼女の力で学校に入学した以上、その本文をおろそかにしてしまったことで、彼女の信頼を裏切ったような気がして、お願いすることは出来ない。

 

思い悩み歩き続けたルミアはいつの間にかマリエスタと共に住むアパート、櫟澤荘の前へと到着していた。

 

「おかえりなさい、ルミア」

 

丁度、二階の部屋から出てきたマリエスタが、階下のルミアを見つけ、にこりと微笑みながら声をかけてきた。

ルミアを育てるために退魔の組織を抜けた彼女は、今は近くのスーパーで、パートとして働いている。

 

普段はルミアの居ない昼か、寝てしまう深夜を選んで働いているのだが、今日は急病人が出たため、呼び出されたそうだ。

「出かける前に会えて良かった」と、微笑む母にぎこちなく笑い返す。

 

ルミアの様子に表情を曇らせたマリエスタだったが、携帯電話の呼び出し音にせかされ、ついにはルミアに声をかけることも出来ず、後ろ髪を引かれながら出かけていった。

 

そんな母の背中を見送りつつ、ルミアは、

 

「うん、わたしも頑張らなくちゃ!」

 

右手に拳を作り、力を込めて、先程までの考えに答えを出した。

 

 

* * *

 

「ただいま」

 

声を潜めたマリエスタが帰ってきたのは翌朝の6時。

玄関の戸を開け、中に入ると、奧の部屋から薄明かりが漏れており、ルミアが起きているのが解った。

 

念のため、足音を殺しつつ移動し、部屋の戸を静かに開ける。

そこにはテーブルに突っ伏し、眠っているルミアの姿があった。

 

今まで食卓としてしか使われた事が無いテーブルの上にはスタンドライトが置かれ、教科書とノートがルミアの下敷きになっている。

 

「まぁっ」

 

あまりの驚きに、マリエスタは思わず声を出してしまった。

少し前まで、机に向かうことすらしなかったルミアが、自ら教科書を開き、勉強をしていたのだ。

また1つ、彼女が成長したことを実感できたのだ。

 

マリエスタは、瞳を潤ませ、口元を柔らかく微笑ませると、眠っているルミアの頬にかかった髪の毛をそっと撫でる。

 

「また1つ成長してくれて、ありがとう」

 

ルミアに聞かれないようにして数えている、小さな感謝の言葉をそっと告げた。

 

「頑張って、貴女の未来は、貴女のものだから」

 

 

* * *

 

 

「あー、遅刻しちゃうー!」

 

マリエスタが持って帰ってきた惣菜パンを口にくわえながら、ルミアは学校への道を走っている。

昨日、マリエスタを見送った後に考えた末、自分で勉強することにした彼女は、理解出来るまで教科書とにらみ合い、いつの間にか眠ってしまった。

 

先程、朝の7時半にマリエスタが帰ってくるまで、机に突っ伏していたのである。

しかし、昨日解らなかったところが、解るようになった。彼女はその喜びで眠気など吹っ飛んでいた。

わからなかったものがわかると、嬉しい。

勉強が大事なことだと、昨日、初めて解った気がする。

 

来週からは中間テスト。

それなりの点数で良いと思っていたけれど、良い点数を取れば、母はきっと喜んでくれるに違いない。

勉強しているのを少しの間、母には秘密にしておこう。サプライズというやつだ。

 

 

友達と遊ぶのも、いろんな体験をするのも楽しかった。

けれど、「解ることの楽しさ」を知って、これからはもっと楽しくなる。

そう。ルミアにとって、これからの中学生生活はもっともっと楽しみなものとなる。

胸を弾ませ、更なる未知へ向かう彼女は、今確実に「人間」への道を歩いていく。

 

 

 

 

 

勇者屋キャラ辞典:九水ルミア
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