「ぜーただぁ〜い好き。ぜーただぁ〜い好き」

黒髪ポニーテールの少女をディフォルメ化した人形が、ボタンを押す度に連呼する。
簡単な作りの人形ではあるが、高級な絹を使ったパジャマを着せられ、上等な黒地のリボンで髪を結い、首元をおめかししている。
その声を聞きながら、うっとりとした目で人形を見つめる美女。
絹のようなつややかさを持つ黒い髪は、腰の下まで伸びた、癖も無い綺麗なストレート。
整った顔立ちに切れ長なまつげ、潤んだ瞳は見た者を魅了してやまないだろう。

「ああっ旋璃亜様っ。今どうしてらっしゃいますかっ」

彼女は「風の」ゼータ。魔王の直属の部下にして魔王軍最強の権限と力を持つ従騎士の一人。
その彼女が想い焦がれるのは最強の勇者と名高い、「漆黒の翼」旋璃亜。
旋璃亜はゼータが幼い頃から仕え、守ってきた魔王の姫であり、ゼータにとって麗しの姫だったのだ。
魔王軍と勇者……敵対している立場であっても、ゼータの心は変わらない。
人形のモデルとなった少女の面影を重ね、ぎゅっと人形を抱きしめる。

夜、寝るのが一人であれば、旋璃亜の声を再生できるように作ったこの人形を抱きしめて眠っているのである。

もちろん、それは誰も知らない……誰にも知られてはいけない事ではあるが……。

   * * *

その日、ゼータは焦っていた。
麗しの旋璃亜姫ともう三ヶ月も会えていない。加えて連日の任務のため、人形の声ですら聞けない状況にあった。
しかし、そんなときに限って、「旋璃亜」の活躍が耳に入ってくる。
先程から報告される麗しの旋璃亜姫の活躍に、両手を挙げて喜びそうになるのを必死に抑える。個人的には姫の成長は嬉しいが魔王軍の幹部として、決して喜んではいけない状況。
平静を装うのに、全神経を集中し、さらに決して旋璃亜の活躍も聞き逃すまいと必死になっていた。

いよいよ我慢しきれずに、体調不良を偽り自室へと戻るゼータ。
さっさと「旋璃亜様とお休みパジャマ」に着替え、麗しの旋璃亜人形を持ち、抱きしめようとしたその時だった。

「ゼータ様大変ですっ。勇者旋璃亜に南の砦が……」

ノックもせず、兵士がゼータの部屋に飛び込んできた。
交わる視線。固まる兵士とゼータ。
ゼータの目が、今までにないほどに殺気を帯びて行く……。

「見たな……見てしまったからには、帰すわけにはいかん」

鬼の形相で刀に手をかけるゼータ。

「す、すみません。私は……私は何も、何も見ませんでしたっ」

襲い来る従騎士の刀。逃げ出す兵士。

「逃がさん……!」

後ろを向いて走り出す兵士の足に風が絡み、突拍子もない衝撃に転倒する。
「いてて」と起き上がろうとする兵士の目の前に白刃が突き立つ。

「悪く思うな。これも魔王軍の為だっ!」

鼻先の白刃に映るゼータの瞳が怪しく輝く。
「ひいっ」と、恐怖に目を閉じた兵士は、首筋に走った痛みに死を覚悟しながら意識を失った。


   * * *


ハッと目が覚めると、兵士はゼータの部屋の前に立っていた。
さっきもこの扉を開けた気がするのだが思い出せない。気になって仕方がないが、今はそれどころではない。
南の砦が勇者によって陥落したのだ。すぐにでも報告しなければ。

「ゼータ様大変ですっ。勇者旋璃亜に南の砦が落とされましたっ」

ドアを開け、部屋の中を見ればベットの上で刀の手入れをしているゼータの姿。
休憩のために部屋に戻ったにもかかわらず、普段と変わらない軍服を着た彼女がいた。

(この方はいつでも気を張っておられる、我々も見習わなければ)

一瞬パジャマ姿のゼータが脳裏によぎった気がしたが、目の前のゼータの凛々しい姿を前に、脳裏の映像を打ち消す。

「報告ご苦労。すぐに行く」

短く応え、部屋を出て、司令室に向かうゼータ。兵士もそれに付き従った。
前を歩く厳格な姿に、先程までのもやもやした気分は全て吹き飛ぶ。その背に全ての信頼を寄せて。
先程までの自分が恥ずかしくなる。

「どうした?」

「いえ、何でもありませんっ」


気を引き締めて応えた。この方に一生お仕えすると、兵士は心に誓った。


   * * *


(危なかった……)

動揺を後ろの兵士に気取られないように歩くゼータ。
幼い頃、父に教えられた魔刻剣術の奥義がなければ秘密が魔王軍中に知れ渡る所だった。
頬を伝う汗。

(二度とあのような事の無いように気をつけねば。鍵は3重に付けておくべきだな)

難しい顔で、旋璃亜人形と寝るための新たな防衛策を考えながら、司令室への歩みを早めるゼータだった。





(勇者屋キャラ辞典:「風の」ゼータ「漆黒の翼」旋璃亜
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