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09/3/27「それは」確固たる決意」

「それは確固たる決意によって」

昼の照りつけた日差しが嘘のように、夜の冷たい空気と月明かりが降り注ぐ。
そこは「何もない」。そう言って差し支えない程に広大な砂漠。

その砂漠に異質な光景があった。
キャタピラの付いた鉄の要塞。そこからいくつも伸びたクレーンと、その下で作業する軍服を着た人々。

 

「13番アーム展開急げ! ぐずぐずするなっ、敵は待ってはくれんぞ!」

 

冷たく重い空気を切り裂いて、澄んで、それでいて凛とした声が響く。
要塞の最上部で腕を組み見下ろす少女。
強い意志の宿った黒い瞳、月明かりの下でも変わらず、否、より鮮やかで美しい紅髪。
少女の低い背に不似合いな胸を張り、組んだ腕。威風堂々としたその態度からは微塵の迷いも感じられない。

 

「月光の紅姫」ゼミニア。

 

「魔王の姫」でありながら、常に前線に立ち兵士達を護り戦う、希有な存在である。
小さい体ながら目立つその容貌と、ユニクロンの作り出す強力な兵器を扱い、多くの戦場で武勲を立てるその絶対的な存在感は、
特異な力を持つ者が多い魔王軍においても、畏怖と共に絶大な信頼を得ていた。

彼女の指示で、速やかに、しかし的確に組み上がって行く建造物。
作業は順調に進み、それは少しずつ形を顕わにして行く。
一段落した彼女はそのままの姿勢で、

 

「この場所でこうしているとあの頃を思い出すな、ライオン?」

 

小さく語りかけた。

 

ゼミニアの傍らに無言で座る、TシャツとGパン姿の男。
軍服で統一された工兵等軍関係者が多いこの場にいて、普段着のような彼の出で立ちは、見る者に大きな違和感を与える。
だが、その服装すら普通に思えてしまう異常が彼にはあった。
彼の存在を何よりも誇示しているのは何よりもその頭。可愛らしい、ライオンの着ぐるみ。
首からの下のことなど気にならないほどの存在感と、着ぐるみ独特のつぶらな瞳。
ゼミニアの倍近くある身長と筋肉質な身体が、更にその異常さを引き立たせていた。

 

コードネーム、ライオン。ゼミニアと出会ったときにはすでにこう呼ばれ、この姿をしていた。
見るからに怪しい人物だが、今ゼミニアが最も信頼する人物でもあった。

 

ゼミニアの問いに、彼はやはり無言で頷いた。


   * * *

 

「光の」オミクロンが配下、「零騎士団」。
ゼミニアが最初に配属されたのは、対象を勇者に限定した特殊部隊だった。
各地に現れた「勇者」を探し見つけ出し戦う日々。数多くの勇者とされる者達と戦った。
成果はあった。魔族にとって、魔王軍にとって驚異となる勇者を倒すことは重要な役割の一つであった。

 

しかしその戦いの影で、多くの同胞が死んでいた。
「零騎士」が勇者と戦っていようと、その裏で人間達と魔族の戦争が無くなっているわけではない。
多くの者を守れる強い力を持った者でありながら、勇者との戦いに狩り出され、それ故に失われて行く守れたはずの命も少なくなかった。

 

多くの魔族を守りたくて軍に志願した。自分が「魔王の姫」として手にした能力、「不変」ならばそれが可能なはずだった。
けれど、彼女は「魔王の姫」故の特別扱いに加え、勇者が現れるまでの待機命令により、その想いを果たせずにいた。

いらだちと不安が募る日々。何も出来ない自分が歯痒く、涙する日も少なくなかった。


そんなある日、「休暇」という名目で屋敷に帰された。
勇者によって殺され家族のないゼミニアにとって、屋敷は居づらく、少し離れた街を散歩するのが決まり事のようになっていた。

 

行き交う街の人々を見て、失いたくないと思う。護りたいと思う。それが出来るか解らない自分の無力さを感じずにはいられない。
けれど、近くにいるときぐらいは護りたい。そんな想いが彼女の足を街へと運んでいた。

 

全身をすっぽりと覆うサイズのコートを着込み、人もまばらな路地を歩く。
魔王の姫の中でも特に目立つ外見をしたゼミニアが街を歩けば、人々に気を遣わせてしまう。それは彼女の望むものではない。
こんな路地を使うのも、見つかったときに騒ぎにならないための配慮であった。

 

歩を進め、大広場へと続く、路地の出口へとたどり着く。
一目見渡しその光景を焼き付ける、休日の日課。
護るべき者を再確認し、気持ちを高めるはずの日課は今の彼女にとって、自分の立場への言いしれぬ憤りを感じさせるものとなってしまっていた。

 

いつもならばここで振り返り、人の少ない図書館へと足を向けていた。
しかし今、見渡した光景の中に明らかに異質なものがあった。

 

ライオンの着ぐるみの頭部とTシャツGパンの人物。誰が見ても解る不審者。
……それが子供達を追いかけている!

 

「止まりなさいっ。止まらないと撃ちますよっ!」

 

考えるよりも先に口と身体が動いた。
懐に忍ばせていたハンドガンを両手で握り、不審者に向けて構える。
ハンドガンを取り出す拍子にコートの留め具が外れ、ゼミニアの姿があらわになった。


突然の出来事に広場は一瞬静まりかえる。
ゼミニアの姿を目にした人々は突如現れた彼女に視線を集め、ただならぬ様子に言葉を発せずにいた。
銃を向けられた当人はすでに足を止め、ゼミニアに向き直っていた。

 

……ライオンの着ぐるみのつぶらな瞳が緊張感を削ぐ。
不審者は無言で両手を上げると、首をフルフルと横にふった。

 

銃を構えるゼミニアと不審者の間に緊張が走る。
しかし、何時間とも思える均衡を破り、引き金に指をかけるゼミニアを制止したのは、追われていたはずの子供達の明るい声だった。

 

「おねーちゃん、邪魔しないでよー。今鬼ごっこ中なんだからぁ」

 

服の裾を引っ張られ、視線を移した子供はふくれっ面でゼミニアを見ていた。
視線を不審者に移すと、上げた両手の腕にぶら下がる子供達の姿。

 

緊張が一気に解け、ゼミニアはその場にへたり込んだ。
集まる人々の注目も気にならないほどに、彼女はこの場が戦場にならなかったことを安堵した。


   * * *


「では貴方は、そのために伝説の着ぐるみ族の里へ?」

 

無言でゆっくりと頷く元不審者。
日も暮れ始め、歩く人も少なくなった時間。先程の広場から離れた公園のベンチに二人は座っていた。

 

ライオンがへたり込んだゼミニアを助け起こし、「次はキミが鬼だ」と鬼ごっこを再開させてから半日。
久々に周りを気にせず、無我夢中走り回ったゼミニア。足が決して速いほうでない彼女は最後まで鬼役だったが、久々にはれやかな気持ちだった。
子供達も家へと帰り、二人は改めて互いに自己紹介をすることにした。

 

ライオンの着ぐるみの頭をかぶった彼は、ライオン。
本名ではなくコードネームだという。
人々に笑顔を与えたいと思った彼は「見た者誰もが笑顔になれるように」と、秘境に住むという着ぐるみ族集落へ向かったそうだ。
旅人として訪れた彼を、着ぐるみ族の人々は一族の一員として迎え入れてくれた。
しかし、着ぐるみ族には「素顔を見られたらその相手を愛するか殺すしかない」という厳しい掟があり、彼はそれを守れずに呪いをかけられてしまった。
今の姿はその呪いによるものだという。

 

「貴方は凄いですね。私にはとても……」

 

彼の行動力に感嘆するのと同時に、自分に対するあきらめの言葉を口にしようとしたゼミニアを遮り、ライオンは彼女の肩を掴み、瞳を見つめた。

 

「やる前から諦めてはダメだよ。キミに願う事があるのなら一歩踏み出すんだ。誰にだって憧れを現実に変える可能性はあるのだから」

 

まるで彼女の現状と想いを見透かした瞳と言葉。遂げられず、諦めてきた想いが彼女の心にあふれ出した。
まだ出来る。新しい一歩は踏み出せる。ゼミニアの中に新たな想いが芽吹いた。

彼女は居ても立ってもいられなくなり、一言だけ礼を告げると、その場を後にした。


   * * *


「みっ、みなさん。キャリアーの右舷回頭よろしくお願いいたしますっ……!」

 

か細く、今にも裏返りそうな声で、ゼミニアは部隊員達に指示を飛ばす。
兵士達は彼女の指示を聞こえないふりをして、思い思いの作業を行っていた。

実績一つ無い、ただのお姫様。
「魔王の姫」というだけで、少尉の地位に就き、その能力の運用のために自分達が働かされている。
なによりオドオドと自信の無く指示を出す彼女より、自分達が今まで重ねてきた経験の方が上という自負から、指示に従う者は殆ど居なかった。

 

「み、みなさんお願いしますっ」

 

必死に、消え入りそうな声を出すも、自分の言葉を聞いてくれない。涙が溢れるのを必死で抑え、彼女はただ、声を出し続けるしかなかった。

 

あの日のすぐ後、「零騎士団」からの転属を願い出て、「雷の」ユニクロンの「機甲騎士団」へと移って数ヶ月。

 

ゼミニアはユニクロンから初めて任務を与えられた。
運用にゼミニア専用の装備「ディアボロスガントレット」を必要とする、試作兵器の実戦試験。
彼女の「魔王の姫」としての能力「不変」に100%頼った兵器であるが故、互いの連携は必要不可欠である。

 

戦いの時が刻一刻と迫る。焦りが更に彼女の声と態度をぐらつかせる。
兵器が完成しないまま開戦したとしても、勝てはする。であろう。しかし、それは大きな代償を払って。

 

ゼミニアにとっても、部隊にとってもその結果は不本意である。
結果を出せなければ、試験運用の名目でやっと戦場に出られたのに、これからその機会が与えられることは無くなってしまう。
それでは彼女の目的を達することは難しくなる。

そして何より、出なくても良い犠牲者が出てしまうことが彼女には耐えられなかった。

 

「胸を張り、声を出せ。キミが選んだ道に自信を持て」

 

ゼミニアの後ろから、いつか聞いたあの声がかけられた。

 

厳しい口調。けれど優しさの詰まった言葉。
思わず振り返ろうとするゼミニアに「待って」と制止し、

 

「指示する者がふらふらしたら、余計にみんなを不安にさせてしまう。キミは多くのお手本を見てきたはずだ。それを思い出して」

 

言い聞かせるように言葉を紡いだ。
彼の声に、言葉に落ち着きを取り戻した彼女は、彼女の中でもっとも敬愛する兄、ゼルニスを思い描き、胸を張り声をあげた。

 

「キャリアー右舷回頭急げっ! 今は私の言葉を聞け! お前達の行動一つ一つに我々の未来がかかっていることを忘れるなっ!」

 

マイク越しにも伝わる、迷いのない言葉。
見上げれば先程までの弱々しい姫はどこにもなく、胸を張り次々と指示を飛ばすゼミニアの姿。

 

彼女のために作られた、「ディアボロスガントレット」のための兵器。
それを効率良く運用するために考え尽くしたであろう、次々と出される指示。

 

作業が進むにつれ、誰一人として彼女の指示に逆らう者は居なくなっていた。
彼女に生まれに対する「甘え」がないと、決して自分達を軽視していないと、その指示一つ一つに感じ取れたから。

 

こうなってからの作業は早かった。
ゼミニアの出す指示も的確だったが、工兵達の高い技術もそれを手伝っていたのは言うまでもない。

 

それを待ったかのように、斥候から報せが入った。

 

敵軍勢が、精霊追尾式地対地誘導弾の有効範囲に到達した。と。


   * * *


圧倒的な勝利を収めたあの戦いの再録をするかのように、新たな兵器組み上がって行く。
例え何者が来ようと負けはしない。兵士達は確信を持って月光を背にした紅の姫を見上げる。

 

ゼミニアもそれに応えるように頷いて見せた。

 

「この戦いが、私達魔族の未来を決める。ここでお前を止めるぞ。我が妹……いや、「漆黒の翼」旋璃亜よ」

 

決意と共に見つめるは遠く地平の向こう。人に組した「魔王の姫」。

 

ライオンはその傍らで、ただ黙し、ゼミニアを見守っていた。

勇者屋キャラ辞典:「月光の紅姫」ゼミニア
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